『ここが僕のアナザースカイ、シンガポールです!』
とは、まだ胸を張って言えない、シンガポール在住・日本とシンガポールのハーフのよしかつ(@4shikatsu)です。
僕は海外に出てきて、自分が少数民族側になったことで、自分がどこから来た何者なのかということを意識するようになり、自分の故郷についてもよく想いを馳せるようになりました。
そんな中、6年間シンガポールに住んでいた友達が先日日本へ帰国しました。
来週6年間住んだシンガポールを離れ日本に戻る友達。すぐ飽きると言われる国に6年いても「近所に行く感じで、またふらっと遊びに来たいな」と。僕はどれだけ住むかは正直分からないけど、彼と同じぐらい、シンガポールを旅行先ではなく自分の第2のホームにしたいな。
— よしかつ@シンガポール (@4shikatsu) January 20, 2018
きっと彼にとって、シンガポールは第二の故郷と言える場所なんだと思います。
長くいれば第二の故郷になるわけではないけど、5ヶ月程度の僕にとっては、シンガポールはまだ”好きな国”という枠を越えていません。
そこで今日は故郷について考えてみました。
僕の第一の故郷
富山県氷見市(ひみ)
冬になると、雪がこれでもかというほど降り続け、生活するには過酷な雪国。
山を駆け巡り、必死に自転車を漕いだ街。
家族や幼馴染がいて、母校の小学校(廃校してしまいましたが)と中学校があり、自分の「初めて」が詰まっている街。
僕はここで高校卒業までの18年間を過ごしました。
自分という人間の原点は確実にここにあります。
僕の揺るがない故郷です。
僕の第二の故郷
神奈川県横浜市
初めての都会生活で毎日期待と不安が入り混じった中、大学生として4年間過ごした街。
北陸新幹線が開通するずっと前、帰省先の富山から上越新幹線と特急の5時間の電車の旅を経て東京駅に戻り、さらに山手線と東横線を乗り継ぎ、最寄り駅へ。
長旅で疲れていても、駅に着くといつもの見慣れた商店街の風景が優しく癒してくれました。
素の自分をさらけ出すことができる友達ができた街。
ただの田舎のガキんちょが外の世界を少し知って、少し大人になった街。
ただ、今では街の風景も少し変わり、友達は誰もいなくなり、ただただ「楽しかったなー」と思い出に浸るための街。
静岡県浜松市
新卒で入社した会社で働くために7年間過ごした街。
縁もゆかりもない土地だったけど、働き、遊び、生活し、気取らずいれる友達ができ、一番の恋人もでき、笑い、泣き、全力で生きた街。
今の自分をかたちづくった街。
ここが、僕の第二の故郷です。
第二の故郷を持つ意味
いつでも遊びに行くことのできる大好きな人たちがいる街。
今いる場所が辛くなったら何も聞かずそっと今の自分を出迎えてくれる街。
誰とも会わなくても居るだけでほっとできる街。
きっと、そんな街が第二の故郷と呼べる場所なんだと思います。
時には決まった場所ではなく、人の集まりが第二の”故郷”になるかもしれません。
変えることのできない第一の故郷。もしかしたら人によっては記憶から消したいところかもしれません。
でも、第二の故郷は、巡り会わせでできる場所、自分の行動によって作り上げることができる場所。
別に1つじゃなくてもいい。2つでも3つでも作ってもいい。
そんな自分の心の拠り所になる場所があることで、人は前に進んでいけるのだと思います。
いつかシンガポールが僕の第二の故郷になるのかな。
よしかつ
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